我が音楽学校にはホルンの教師が二人も居る。その内の一人は校長、ピアノも教えられる私のクラスには殆どホルンの生徒が割り当てられない。19人の生徒の内たった3人だけがホルンを習っているが、皆別の地域から遥々レッスンに来てくれる。その一人、ダニエラと言う19歳のホルン吹きがこの日、大きな箱を牽引しながらレッスン室に入って来た。
ホルンのケースも持っていたのだが、これは彼女が新しく楽団に買って貰った楽器で、ディッター・オットー製。「試奏して」と言うので暫く吹いていると、彼女は別の大きな箱から何やらごそごそ取り出している。随分長い間オットーを吹いてなかったなぁと、地に足の着いた音色を懐かしく思っていると、ダニエラが「さぁ、座ってここに指先を入れて」とぬるま湯の入ったフィンガーボールを差し出す。「ネイルケアして祝日に備える!これが私のクリスマス・プレゼント!」とダニエラ独特の明るい笑顔。
今日は全く吹かないつもり?と訊くと、「たまには良いじゃない?大人しく手の力を抜いて座ってなさい」と窘められる。思えば、ネイルサロンなんかに行った事が無い私。彼女は今年エステティシャンの資格を取りサロンに勤め始めたのだが、経営不調を理由に解雇、今は精神科病棟患者のお世話をしている。弟が大きな交通事故に遭ったり、個人経営で家族を支えているお父さんが長らく足を故障して働けなかったりと、様々なアクシデントが続くにも拘らず、決して辛そうな顔をしない。そんな彼女の膝上に自分の手を乗せてネイルケアをして貰って居るのは、随分面映い。
何故か、次の生徒が来ない。「未だ大丈夫そうね!」と、今度は薬指に小さなお花を描き始めた。最後に可愛いラインストーンを乗せ、トップコートで固定。ネイルケア自体が初体験な上、これを生徒がやってくれたと言う嬉しさを隠し切れず、思わずぴょんぴょん跳ねてしまった。
「ね、喜んでくれると思った!」とダニエラ。
有難うね…。


